すでに室町時代にはこの辺りに人々が暮らしていました。旧明科町教育委員会の標識によると「室町時代に疫病が流行した時、時津島牛頭天王(またの名を薬師如来)を慶安検知の時免責租地が下田一反三畝もあった。
明治初年に八坂社を改称し42年正八幡宮に合併した」と記されています。 最近その前に安曇野池田に在住で陶芸作家の篠田明子氏の大作を頂いて飾りました。作品にぶどうが描かれているところに魅了されました。アートにご興味がある方にはお勧めです。